INTERVIEW

ネオスポコンの中心人物!玄くんにインタビュー

この記事を見ている皆さんは「スポコン」というカーカスタムジャンルをご存知だろうか。

2000年初頭に米国にて「Fast and the Furious(邦題:ワイルド・スピード)」が公開され、瞬く間に世界の中心カスタムとなったジャンルだ。安価で壊れにくい日本車をベースに、最新式のチューニングを施し、内外装にはホットロッド的なアプローチを掛けるこのカスタムは、多くのカーガイを虜にした。

やがてブームはDUBスタイル等のラグジュアリーカスタムへ移行すると共に人々の関心からは外れて行ったが、ここ最近の日本車ブームの影響により、再注目を浴びている。

かつてのスポコンのようなエアロやネオン管、あるいはNOSといったようなチューニングをベースに、「Hellaflush」や「STANCE NATION」にあるような足回りのカスタムを添えていく。これがいわゆる「ネオスポコン」というジャンルだ。

 

今回はそんな「ネオスポコン」の中心人物である玄くんに、自身のルーツや車に対する考え方、ライフスタイル等をインタビューを行った。

「学校の上靴ブライアン号にしてみたりとか、

   チャリンコをブライアン号にして親にメッチャ怒られたりとか。」

―――これはもう定番の質問かもしれへんけど、車を好きになったキッカケは?

一番根っこですか?一番根っこは、もう気付いた時から。

兄貴がおって、兄貴別に乗り物好きとかじゃないんですけど、兄貴のおもちゃはバイクやったんですよ。ほんで決まって僕のおもちゃは車みたいな。だからトミカとか、車のおもちゃ腐るほど持ってたんですよ。ラジコンとかも持ってて。

 

その延長で小学校1年とか2年の時に頭文字Dにハマって。ただハマる前は割と車全般が好きやったんですよ。その当時一番好きやったのは日産サファリっていう(笑)。「俺絶対サファリ乗るぞ」っていう(笑)。

 

んで頭文字Dハマって、その中でもスカイラインGT-Rが一番好きで。スカイラインっていう響きがカッコいいなって思ってて、おじいちゃんもスカイライン乗ってたっていう話も聞いて。32GT-Rカッコいいな、NIGHT OF FIREやなって思ってたんですよ。その時にゲームのグランツーリスモ1とか2で車種とか覚えてて。当時は33GT-R使ってたんですけど。

 

丁度その時期くらいに34GT-Rが出たんですよね。「なにこれ、ダッサ」みたいな。「ウィングちっちゃ!ホイールガバガバ!何やねんコレ」みたいに思ってて、もう「32GT-Rやな。あれが一番や」って思ったんですよね。

 

同時期にターミネーターにもハマってて。丁度ターミネーター3かな?劇場公開するってなって見に連れてってもらったんですよ。

 

その時に予告でやってたのが「ワイルド・スピード2」やったんですよ。車でビュンビュン走り回ってたり、水着のお姉ちゃんが出てきたりとかで、「うわ、エロ…。大人の映画や…」みたいな(笑)。

 

でも劇場には見に行かずに、DVDが出たときに親父が借りてきたんですよ。その時に初めて「ワイルド・スピード2」を見て、冒頭にあの34が出てきてド衝撃を受けたんですよ。その瞬間「はい、34GT-Rカッコいい」ってなって(笑)。そこからですかね、車をちゃんと好きになったのは。

―――なるほど。丁度俺らが小学校の時やもんね。俺もワイスピ2から見始めたもん。

そうですよね。2で「ブライアンメッチャ運転上手い!」ってなって、その後1見て「あれ?」みたいな。ド下手なブライアンが受け入れられへんかったりして。あとはストーリーもシリアスな部分が多くて、なかなか受け入れられへんかった。

当時は外人もスキンヘッドやったら見分けつかへんから、1のドムと2のロームがごっちゃになってたりして。ただ1も2も車カッコいい、みたいな(笑)。

ただそこからあの34にハマった。

―――そして成長していくと。

そうですね。ただその当時ワイスピなんて誰も知らんから、俺だけが知ってる映画やって。友達に一人だけ頭文字D好きな奴がおって、そいつに見させてハマらせて、休み時間は2人で一生ワイスピごっこみたいな(笑)。

まわりは皆ポカーンってなって、「何の映画なん、それ」みたいな(笑)。

その時にゲーセンでも頭文字Dやり始めて。家でもニードフォースピードと爆走デコトラ伝説をやってたんですよ。

―――アンダーグラウンド2とかの時代?

そうそうそう!オーディオ組めたり、パージできたりして。でもバイナルはブライアンと一緒とかは無いから、頑張ってC-WESTのエアロに近いやつ、頑張って2本ラインに近いやつって作ったりしてて。

その時に学校の上靴ブライアン号にしてみたりとか、チャリンコをブライアン号にして親にメッチャ怒られたりとか。

だから今運送やってるのも、当時デコトラ伝説やってたのがキッカケなんですよね。

皆が大乱闘スマッシュブラザーズとか、マリオパーティーとか言うてる時に、俺は家で一人で爆走デコトラ伝説やってトラック野郎なってたりとかして。

―――ほんで高校生活に入るわけなんやけど。勿論原チャは乗ってたんよね?覚えてる限りで何乗った?

アプリオ、ZX、エイプ、ズーマー、マグナ、最後にZRですかね。覚えてる限りでは。

そこでエンジンやら何やらのイジり方を学んで。

何よりもそこで光り物を学んだっすね。

 

だからもうスポコンの潜在意識が強すぎて、アプリオ買って一発目にメットインの下に青のLED組んで。他の子はコール切りやすいように六角のグリップやったりとか、羽カチ上げたりとかでしたけど、僕の中ではスポーツカーのイメージが強すぎてメッキハンドル入れたり、クリアテール入れたりとか(笑)。当時からちょっとズレてるというか、変わったイジリ方はしてました(笑)。

 

ほんで誰よりも綺麗にしてた。皆とりあえず「夜中走り回れたらいい」みたいな汚いやつやったんですけど、「いや、乗り物は綺麗じゃないとカッコよくないやろ」みたいな。あと小細工は多かったっすね。誰も入れへん様な所に光り物入れたりとか、スピーカー付けたりとか。

―――ほんで高校卒業してマイカーライフが始まると。

いや、免許取るのはメッチャ遅かったんですよ。教習もサボり倒してて。○○で○○してたっす(笑)。1年がかりくらいで取って。20くらいですかね、取ったのは。

 

当時まだ学生やったんで、家の車乗ってたんですよね。その時にぶつけたりとか、事故も経験して。

 

ほんで大学辞めて社会人なって1年目ですかね、半年経たんくらいで34買いました。ブルーの34。

ERで顔面とボンネットだけGT-R仕様っていう。

―――その時から「スポコンにしよう」みたいなのはあった?

その当時スポコンにしようっていうのはあんまり無くて、人生一発目の愛車じゃないですか。やりたい事全部載せみたいな(笑)。

 

付けたかった光り物付けて、オートバックスで何万も使って、みたいな。

そういうダサい事を、あの車で一杯したかなって感じです。

―――それはどれぐらい乗ってたん?

1年くらいですね。20、21くらいですかね、乗ってたのは。

―――その1台目を売った後は特に何も乗らんかったん?

そうですね。家車ばっかりで。ミーティングにも顔出さんかったっすね。

その頃はずっとダンスしてました。

 

今回は車好きになるまでのルーツや1台目の愛車の34を手放すまでの話をお届けした。

次回は玄くんのもう一つのルーツであるダンスについて紹介する予定。

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I ride. / UNDRWRLD™ ライター/フォトグラファー

 

日本のカーシーンを盛り上げる若者にスポットを当て、

それぞれの持ち味を写真と記事で発信している。

人間味あふれる記事で最後まで読みきってしまうことだろう。

 

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